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<連載短編小説>#もう一度レストランで|「レストラン・オン・ザ・プラネット」白尾悠


「地球人は数種の果物や花の香りが混ざったものと形容していたようだ」
「原料自体は単種の果物と認識しているが」
「そうだ。たった一種類の果物を、他の生物の手を借りながら、驚くべき手間と時間をかけてこの液体に変容させていた」
もう一つの皿の中身は非加熱の肉をとりどりの植物と一緒に無秩序に並べた上に、液体状の何かをかけたもののようだった。半信半疑で口に入れると冷たく奇妙な食感と香り、続いて形容し難い味の層が口中に広がった。
「植物由来の調味料を、複数使っているのか」
「切る以上の調理をしていない水生動物と、手間をかけて抽出した濃度の高い陸生植物由来の調味料を組み合わせている。面白いと思わないか」
「なぜこんな余計な手間をかける?食材の無駄も多すぎるのでは?」
私は感心するより呆れた。地球とはそんな無駄が許されるほど食べ物が溢れかえる星だったのだろうか。私たちの星では同盟星の全生命体の健康を保つべく、栄養分の生産から摂取までの工程すべてに無駄がないよう管理している。
同僚はまるで本物の地球人のように、“レストラン”を楽しんでいるように見えた。地球の奇妙な道具の扱いも堂に入っている。
次に“給仕”が運んできたのは「かぼちゃのポタージュ」と「牛フィレステーキの赤ワインソース」だった。同僚によれば、“牛”なる陸生動物の復元は叶わなかったので、私たちが普段摂取するXXXという動物の遺伝操作をして作り上げた肉を使ったらしい。立ち上る香りもXXXに似ているが、焼き方のせいか、ソースのせいか、いつもより強く食欲が刺激される。
「地球の味がどこまで再現できているのかは不明だが、私たちの好みに近くないか?」
「XXXより柔らかいのは調理法にもよるのか……このソースは最初に飲んだ“ワイン”とはまったく味が違うようだが」
「肉の柔らかさは特定の部位だけを切り出しているから。ソースのワインは、素材は同じ果物でも形種と製法が違う。こちらは果物を丸ごと使うが、最初に飲んだものは皮や種を取り除く。さらにこのソースは香りの強い植物と、“牛”の骨のエキスや乳から生成した調味料を使っている」
ほんのりと甘みのあるスープにも“牛”の乳は活用されているのだという。素材の無駄が多いと思ったが、必ずしもそうではないらしい。
最後には「チョコレートムースとシトラスソルベ」という色鮮やかで小さな一皿と、熱い「コーヒー」が供された。遺伝操作をして復元した数種の植物の種、豆、実が、甘み、酸味、苦味となって私の中で混ざり合う。栄養の温度や味の違いは素材と製法の違いによりたまたま生じたものと考えていたが、この最後の皿で、すべて計算されたものなのだと気付いた。
「一つ一つの皿の見た目、味、香り、温度や食感、咀嚼音の違いまでも楽しむ……彼らは“レストラン”の手間隙かけた食事で体の内外の感覚器官を動員させ、それを同席した者同士で共有することを目指した、というのが私の仮説だ」
「感覚を共有することで関係性を築くのは、私たちの祖先と同じだな」
「地球人は私たちのような同調能力を持っていなかったが故に、意思疎通の手段が原始的な言語や所作に限られていた。性別や生育環境から生じる個体差もあった。そこに相手を知りたい、近付きたいという強烈な欲求が生じ、同空間での食事によって各種感覚を共有できたとき、喜びを感じた――とは想像できないだろうか」
「あなたは本当に想像力が豊かだ」
「この“レストラン”実験で、あなたにも地球人の面白さが伝わるといいのだが」
かつてこの星の“レストラン”で、手間隙かけて加工された栄養を通じて、より互いへ近付こうとした生物がいた。彼らにとってその行為は、多少の健康上のリスクを冒してでも行う価値があった。本当に関係性を築けたのかは不明だが、そのようにして、彼らは確かに食べ、共に生きていた。はるか遠い過去に滅んでしまった生命のひたむきさを、私はこの奇妙な同僚を前にして突如、痛切に感じた。
「私はあなたに少し同調しかけているようだ。これも“レストラン”のせいか」

著者プロフィール


白尾悠しらお・はるか
2017年「アクロス・ザ・ユニバース」で第16回「女による女のためのR-18文学賞」大賞・読者賞をダブル受賞。
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