<連載短編小説>#もう一度レストランで|「百円玉」中村航
2022年6月1日 00:00
こぼすんじゃないぞ、と念を送っていたんだと、今にしてみればわかる。
モーニングにはゆで卵とトーストが付いていたが、わたしたちは小倉あんをトッピングして小倉トーストにして食べた。ミックスジュースも小倉トーストも大好きだったが、わたしの一番の楽しみは他にあった。
いつだったか、テーブルの下におしぼりを落としてしまったときのことだ。おしぼりを拾うためにテーブルの下にもぐると、足元に百円玉が落ちていた。
「百円落ちてた」
拾ったおしぼりと百円玉をわたしはテーブルの上に置いた。
「おう。もらっとけ」
え、いいの?と思いながら、百円玉を赤いスカートのポケットに入れた。向かいの父は「中日は弱えなあ、今年もドベゴンズだなあ」などと言いながら、スポーツ新聞の文字を、目を細めて追いかけていた。
家に帰って百円玉のことを姉に話したが、漫画を読みながらふーん、という感じで、相手にしてもらえなかった。わたしはひとりで駄菓子屋に行き、ベビーカステラと、つまようじで刺して食べるさくらんぼ味のゼリーを買って食べた。
その翌週、父とわたしは同じ喫茶店の、同じ席についた。小倉トーストを食べ終わり、もしかして、と思ってテーブルの下を覗くと、また百円玉が落ちていた。
「お父さん、また落ちてた」
「気前のいい喫茶店だな。もらっとけ」
嬉しくて、心が跳ねた。今度は兄にも姉にも言わず、黙ってベビースターとフエラムネを買いに行った。
でも三回目になると、さすがに怪しく思えた。最初は偶然だったかもしれないが、百円玉は父が仕込んでいるのだろうか。
「お父さん、また落ちてた」
「そんなことあるのか。もらっとけ」
広げたスポーツ新聞の向こうから、父が平然と言った。わたしはポケットに百円玉を押し込み、もう一度テーブルの下を覗いた。
茶色いサンダルを片方だけ脱いだ父が、貧乏ゆすりしてるのが見えた。
それ以降も、日曜になるたび、百円をゲットした。わたしの日曜のお楽しみは、人気のアニメでもなく、ミックスジュースでもなく、テーブルの下の百円玉だった。あるときなんて、五百円玉が落ちていた。
「お父さん、五百円だった」
「あ!まあいいや。もらっとけ」
父とのモーニングの儀式は、その後いつまで続いたのかまるで覚えていない。でも、どこかのタイミングで終わりを迎えたのだろう。
わたしが大きくなって、もう行きたくないと言ったのかもしれないし、どちらかの都合で、日曜の朝に行けなくなってしまったのかもしれない。
終わりの記憶は何故だか、わたしの脳裏からきれいに消えてしまっている。

◇
父の貧乏ゆすりはどんどん激しくなり、テーブルの上のグラスを揺らした。
モーニングにはゆで卵とトーストが付いていたが、わたしたちは小倉あんをトッピングして小倉トーストにして食べた。ミックスジュースも小倉トーストも大好きだったが、わたしの一番の楽しみは他にあった。
いつだったか、テーブルの下におしぼりを落としてしまったときのことだ。おしぼりを拾うためにテーブルの下にもぐると、足元に百円玉が落ちていた。
「百円落ちてた」
拾ったおしぼりと百円玉をわたしはテーブルの上に置いた。
「おう。もらっとけ」
え、いいの?と思いながら、百円玉を赤いスカートのポケットに入れた。向かいの父は「中日は弱えなあ、今年もドベゴンズだなあ」などと言いながら、スポーツ新聞の文字を、目を細めて追いかけていた。
家に帰って百円玉のことを姉に話したが、漫画を読みながらふーん、という感じで、相手にしてもらえなかった。わたしはひとりで駄菓子屋に行き、ベビーカステラと、つまようじで刺して食べるさくらんぼ味のゼリーを買って食べた。
その翌週、父とわたしは同じ喫茶店の、同じ席についた。小倉トーストを食べ終わり、もしかして、と思ってテーブルの下を覗くと、また百円玉が落ちていた。
「お父さん、また落ちてた」
「気前のいい喫茶店だな。もらっとけ」
嬉しくて、心が跳ねた。今度は兄にも姉にも言わず、黙ってベビースターとフエラムネを買いに行った。
でも三回目になると、さすがに怪しく思えた。最初は偶然だったかもしれないが、百円玉は父が仕込んでいるのだろうか。
「お父さん、また落ちてた」
「そんなことあるのか。もらっとけ」
広げたスポーツ新聞の向こうから、父が平然と言った。わたしはポケットに百円玉を押し込み、もう一度テーブルの下を覗いた。
茶色いサンダルを片方だけ脱いだ父が、貧乏ゆすりしてるのが見えた。
それ以降も、日曜になるたび、百円をゲットした。わたしの日曜のお楽しみは、人気のアニメでもなく、ミックスジュースでもなく、テーブルの下の百円玉だった。あるときなんて、五百円玉が落ちていた。
「お父さん、五百円だった」
「あ!まあいいや。もらっとけ」
父とのモーニングの儀式は、その後いつまで続いたのかまるで覚えていない。でも、どこかのタイミングで終わりを迎えたのだろう。
わたしが大きくなって、もう行きたくないと言ったのかもしれないし、どちらかの都合で、日曜の朝に行けなくなってしまったのかもしれない。
終わりの記憶は何故だか、わたしの脳裏からきれいに消えてしまっている。

◇
父の貧乏ゆすりはどんどん激しくなり、テーブルの上のグラスを揺らした。
食コラム記事ランキング
- 1 冬の味覚を使い切る!白菜の人気のオススメレシピTOP3
- 2 【知らなきゃ損】スゴ得会員になるとこんなにお得!E・レシピでdポイント&スイーツがもらえる
- 3 里芋の人気レシピランキングTOP10を発表!2位は「ごま味噌ダレ」1位に輝いたのは…?
- 4 【ホワイトクリスマスをおうちで】白い食材×絶品レシピで叶える、ロマンティックなごちそう10選
- 5 クリスマスは手作り1品でOK!家族が笑顔になる、チキンからケーキまでのごちそうレシピ10選
- 6 だしがジュワッとしみる至福の一皿!揚げ出し豆腐レシピ8選〜定番からカニあんかけまで勢ぞろい
- 7 【今日の献立】2025年12月22日(月)「フライパンひとつで!揚げない酢鶏」
- 8 【今日の献立】2025年12月21日(日)「簡単美味しい!すき焼き プロの味」
- 9 寒い冬はバナナを温めて楽しむ!簡単なのに甘くて幸せ「温バナナ」の絶品レシピ8選
- 10 寒い日に食べると格別!「あんかけ」の殿堂入り&絶品レシピ7選〜あんを上手に作るコツも伝授
食コラム記事ランキング
最新のおいしい!
-
簡単!白菜を大量消費 鶏肉のシャッキリ炒め 余った白菜の活用にも がおいしい!
ゲストさん 19:54
-
すき焼き風煮物 がおいしい!
ゲストさん 19:46
-
肉ジャガ がおいしい!
ゲストさん 19:27
-
大根とリンゴのサラダ がおいしい!
ゲストさん 17:45
-
カボチャとチーズの春巻き がおいしい!
ゲストさん 17:45
-
基本の下処理から!やわらか牛すじカレー がおいしい!
ゲストさん 17:45
-
大根とリンゴのサラダ がおいしい!
ゲストさん 16:47
-
カボチャとチーズの春巻き がおいしい!
ゲストさん 15:37
-
簡単!白菜を大量消費 鶏肉のシャッキリ炒め 余った白菜の活用にも がおいしい!
ゲストさん 15:20
-
ご飯がとまらない!絶品ソースのトンテキ がおいしい!
ゲストさん 14:44
-
ホウレン草のキッシュ がおいしい!
ゲストさん 14:00
-
ピリ辛イカ大根 がおいしい!
ゲストさん 13:24
-
大根とリンゴのサラダ がおいしい!
ゲストさん 13:23
-
厚揚げの甘煮 がおいしい!
ゲストさん 12:59
-
混ぜて焼くだけチャーハン がおいしい!
ゲストさん 11:53








